人間が活動するには、体力、筋力どうこう以前に、エネルギーを必要とします。車が、ガソリンなどの燃料(エネルギー)無しには走れないように、人間もエネルギーを切らしてしまったら登山は続けられません。
登山に関するサイトは数多くありますが、あまり詳しく語られることの少ない(と思われる)、「エネルギー」について考えてみましょう。
前のページでは、体力だけが登山の結果を左右するのではないことを説明しました。このページでは、力の源である、食料と食事の意味について考えてみましょう。
人間が活動するには、体力、筋力どうこう以前に、エネルギーを必要とします。車が、ガソリンなどの燃料(エネルギー)無しには走れないように、人間もエネルギーを切らしてしまったら登山は続けられません。
登山に関するサイトは数多くありますが、あまり詳しく語られることの少ない(と思われる)、「エネルギー」について考えてみましょう。
生きるとは、食べること
食べなきゃ (image from 写真素材 足成)
我々は食物を食べることによって生命を維持しています。つまり、生きるためには食べなければいけないのですが、スポーツにおいては、ただ生きるためではなく、何をどう食べるかがパフォーマンスにも影響を及ぼします。
人が身体を動かすということはイコール筋肉を動かすということであり、筋肉を収縮させるエネルギーは食物から得ています。筋肉を動かせば当然エネルギーは消費され、エネルギーが足りなくなれば身体は言うことを聞かなくなるわけです。
三大栄養素
私たちがエネルギーとして使える食物の成分は、「糖質(とうしつ)」、「脂質(ししつ)」、「蛋白質(たんぱくしつ)」の三つで、三大栄養素と呼ばれています。
蛋白質はアミノ酸で構成され、主に筋肉などの体組織を形作るのに使われますが、エネルギーとしても1gあたり4kcal(キロカロリー)の熱量を持っています。
脂質は油脂として食物から摂取され、脂肪酸に分解されてエネルギー源となります。普段の生活ではあまり使われませんが、有酸素運動では糖質と共にエネルギーとして燃やされ、1gあたりでは最も大きい9kcalのエネルギーを生み出します。
そして糖質ですが、糖と言っても甘い食べ物だけが糖質ではありません。米や小麦粉などの炭水化物も、体内で分解されると糖質になります。糖質は、1gあたり4kcalのエネルギーを持っています。糖は脂質と比べてエネルギーは小さいのですが、脳の(ほとんど)唯一のエネルギー源なので、とても重要です。また、体内に取り込むと素早くエネルギーに変わるため、負荷の大きい運動時には優先的にエネルギーとして消費されます。
糖は、体内に大量に貯めて置けない
糖は消化されて血液に入ると血糖値を上げますが、血糖値が上がりすぎるとインスリンによって正常値の範囲内に保たれる仕組みになっています。これにより正常値を超えた余分な糖は、グリコーゲンの形で肝臓や骨格筋などに蓄えられることになりますが、その量は限られています。ですので、運動を始めると真っ先にエネルギーとして燃やされる糖質は、枯渇するのも早いのです。
また、肝臓や筋肉への貯蔵量の限界を超えた糖質は、中性脂肪として体内に蓄えられます。
体力の大きさよりも補給が大事
このように、すぐに使える状態で蓄えられたエネルギー源(糖質)は少ないため、食餌(しょくじ=食べ物)によって補給する必要があります。
炭水化物は、体内でブドウ糖(グルコース)にまで分解されてエネルギーになります。しかし、通常の食事で得られる炭水化物は『でんぷん』の形をとっている分が多いので、ブドウ糖にまで分解するのに多少時間がかかります。また、登山中に食事の間隔が長くなると、エネルギーが不足する場合があります。そこで、通常の食事で得られる炭水化物とは別に、『行動食』という形で糖分をこまめに補給することが必要になります。
糖分の補給を行わないと、いかに体力があってもいつかはガス欠を起こしてしまいます。逆に言えば、効率的に糖質を補給できればガス欠を起こさずに済みますから、「体力」以上に「エネルギー補給」が登山には大切だということになるのです。
先に、身体を動かすエネルギーを車の燃料に例えたように、どんなに燃料タンク(体力)が大きくても、燃料を給油(エネルギー補給)せずに走り続けられる距離には限界があります。しかし、元々のタンク容量が小さくても、ガス欠する前にちゃんと給油を続けて行けば、どこまででも走っていけるのです。
糖質は肝臓や骨格筋に蓄えられ、その量が限られていることは書きました。しかし、通常蓄えることの出来る量を超えて増やす方法があります。それが、『カーボローディング』です。
耳慣れない言葉だと思いますが、これはトップアスリートも実践している方法です。やり方もさして複雑ではなく、以下の手順だけです。これだけで通常の2~3倍のグリコーゲンを蓄えることが出来、糖質の適度な補給を続けることで3日ほど持続するそうです。
さて、では糖質や脂質だけを補給しておけばそれで万事OKなのでしょうか?
いえ、実は糖質や脂質をエネルギーに変える(代謝させる)のに重要な役割を果たしている栄養素があります。それが、糖質の代謝に係わる補酵素(ほこうそ)である『ビタミンB1(チアミン)』と、脂質の代謝に係わる補酵素である『ビタミンB2(リボフラビン)』、及び誘導体の『L-カルニチン』です。
ビタミンB1を含む食品は多く有りますが、その含有量には大きな差があります。
豚肉とナッツ入りチョコレートがオススメ
ビタミンB1は玄米の糠(ぬか)に多く含まれていますが、白米は糠を削って精米されているためにビタミンB1も少なく、小麦粉の方が比較的多く含んでいます。なお、同じ小麦粉でも全粒粉(ぜんりゅうふん)の方が、ビタミンを多く残しています。豚肉もビタミンを多く含むので登山前に食べる他、登山中としては豚肉を使ったベーコンやハムを挟んだサンドイッチなどもお薦めです。
大豆などの豆類やピーナッツなどのナッツ類もビタミンを多く含むため、ピーナッツ・カシューナッツ・マカダミアナッツ・アーモンドなど(アーモンドはB1は少なく、B2が多い)が入ったチョコレートが行動食にお薦めです(チョコレート自体もビタミンB1、B2を多く含む)。なお、ホワイトチョコはカカオマスを使わないため栄養価は低いそうです。登山に持って行くのならホワイトチョコで無い方がいいようですね。
また、昼食としては、お赤飯のおにぎりにするとビタミンB1を多く含む小豆が入っているのでいいでしょう。もちろん小麦粉で作られたパン、特に全粒粉のパンなども有効です。そして意外なことに、インスタントラーメンは多くのビタミンB1を含んでいます。
このように、登山中の食料としてビタミンの観点から選択することも重要です。
意識してビタミンBを摂取しよう
ビタミンは、人間の体内で作り出すことが出来ない栄養素です。日本人は、米を精米して食べる食生活になってから、結核と並び、脚気(かっけ)が国民病であると長い間言われて来ました。この脚気は、ビタミンB1の不足を原因とします。特に暑い夏場は脚気の患者が急増したことから、富士登山でも気をつけるべきでしょう。実際に、厚生労働省の国民健康・栄養調査でも現在の日本人も慢性的にビタミンB1が不足しているという結果が出ているそうです。ですから、意識的にビタミンB1を含む食材を摂取することはとても大切なのです。
また、アルコールを体内で分解するのに、ビタミンB1が消費されます。登山中の体力を維持する観点からも、アルコールの摂取は控えるべきです。その他、ビタミンB1はエネルギー代謝だけでなく、心不全、末梢神経障害などにも深く関わりがあるので、疎かに出来ません。
かつて、旧日本海軍は脚気対策として麦飯を食べることで大きな効果をあげたと言います。また、玄米にもビタミンB1は多く含まれます。現在は麦飯や玄米を食べる機会はあまりないですが、普段白米を主食とする日本人には「副食」が重要だとされます。
パスタは優れた炭水化物食品と言われますが、それだけでは栄養的に不足です。サラダや具の多いスープなどと共に食するといいでしょう。うなぎの蒲焼もビタミンB1、B2共に多く含みます。暑い夏の時期、土用の丑の日に夏バテ対策として鰻を食べる習慣は、栄養学的にも証明されているわけです。
ニンニクとタマネギで効果持続
なお、ビタミンB1は余分に摂取しても排出されるため体内に蓄えておくことが出来ませんが、ニンニクなどに含まれる『アリシン』と結合すると腸管からの吸収が良い『アリチアミン』となり、徐々にビタミンB1を分離するので血中濃度の上昇が長続きするという効果があります。このアリシンは臭み成分でもあるので山小屋に泊まる場合などは避けたいですが、ニンニクだけでなくタマネギにも含まれるので、ビタミンB1を含む食材と共にタマネギを食べるとより効果が高まります。
ビタミンB2も、ナッツで摂れる
また、ビタミンB2(リボフラビン)は、脂質をエネルギーに変える(代謝させる)ときに必要な栄養素です。行動食として脂質を多く含むチョコレートなどを食べるときは、ビタミンB2を含む食材(アーモンドやチーズなど)を一緒に食べると良いということです。ナッツ入りのチョコレートは、意外と先人の図らざる知恵なのかも知れません。
なお、ビタミンB2もB1同様、体内に貯めておけず余分に摂取をしても体外に排出されるだけです。ビタミンの食い溜めは効果ないということですね。
赤身の肉でL-カルニチン補給
食餌として体内に取り込まれた油脂は脂肪酸としてエネルギーに使われますが、その際にL-カルニチンが必要です。L-カルニチンは、脂肪酸を細胞内のミトコンドリアに運搬する役割を持っています。L-カルニチンは、体内でもアミノ酸(の内、リジン・メチオニン)から生合成されますが、その量は少なく、食物による補給も欠かせません。
L-カルニチンを豊富に含む食材は、ヤギや羊、牛肉などの赤身の部分です。牛肉ほどではありませんが、豚肉にも多く含まれています。
さて、では登山の前や登山中はどのように食事を取れば効率的かを考えてみましょう。
まず鉄分
まず、登山のしばらく前から鉄分を多く摂る事を意識しましょう。鉄分は、血液中で酸素を運ぶヘモグロビンの材料になります。鉄分は高山病対策だけでなく、酸素はエネルギー生産の触媒となるので、重要です。
鉄は摂り過ぎも身体に良くありませんが、多少であれば過剰な分は体外に排出されるので極端に多く摂取しない限りは大丈夫です。
炭水化物を増やそう
登山三日前からは、炭水化物の摂取を特に意識しましょう。食事における割合だけでなく、消化に悪くない範囲で量自体も多くする方がいいと思います。また、ビタミン類とアミノ酸(蛋白質)も忘れてはいけません。
食事は登山直前よりも、数時間前に
登山前の食事は、出来れば2~3時間前に摂るのが最適です。食事に多く含まれる『でんぷん』を消化してエネルギーに変えるのにそれぐらいの時間が掛かるからです。5合目に着いてから食事をとる予定であれば、着いて早々に食事を済ませ、小一時間ほど時間をおいてから登山を開始した方がいいでしょう。食事の食材は、ビタミンBを多く含み、L-カルニチンも多い豚肉が最もお薦めです。
単一の食材に偏らないように
登山中の食事は、携帯のしやすさなどから、おにぎりなど炭水化物に偏りがちです。おにぎりを一個減らしてでも副食(惣菜)を増やし、栄養のバランスを取ることも考えてください。
行動食は、少量をこまめに
そして、食事の合間には行動食として、蔗糖(しょとう(スクロース)=砂糖)や果糖など、消化吸収が早く、すばやくエネルギーに変るものを少量、かつこまめに摂るのがいいでしょう。少量に抑える理由は、一度に大量に摂取すると血糖値が急激に上がり、身体は血糖値を下げようとインスリンを働かせます。これにより、一時的に血糖値が低くなってしまって逆効果になることもあるからです。
塩分の補給とクエン酸で疲労回復
同時に、汗で失われた塩分を補給することや、糖を代謝するのに必要なビタミンB1やB2、疲労回復効果のあるというクエン酸、ビタミンCなども合わせてとるようにしましょう。
最近は、クエン酸は疲労回復に効果がないという研究結果もあるようですが、まだ定説はなく、意見が分かれているようです。しかし、身体に害になるわけではありませんので、多少なりとも効果を期待して用意するのも悪くないでしょう。
疲労回復は、食事のタイミングが重要
登頂直後や山小屋に辿りついた後は、しばらくゆっくりしたいと思うかも知れません。また、あまり食欲も無いかもしれませんが、食事の時間までに1時間以上の間があるようであれば、まずは軽くでも糖分の補給をしましょう。
下記のサイトにあるように、運動直後に食事をした方が、運動から2時間以上経過してから食事をするよりも筋肉に蓄えられるグリコーゲンの再補充が早く、より多くなるからです。早めに筋グリコーゲンが回復すれば、お鉢巡りなど翌日の登山が楽になります。
白米よりも栄養価の高いお米
先にも書いたように、日本人は慢性的にビタミンB1が不足しています。その原因は、日本人の主食が精米された白米であることによります。玄米には多く含まれているビタミンB類を、精米によって削り取ってしまっているからです。
そこで造り出されたのが『ビタミン強化米』です。玄米はそのまま炊くと硬く、食感が白米に劣りますが、強化米は白米に混ぜて食べるので食味が大きく落ちることはないとされます。また、玄米から少しだけ発芽させた『発芽玄米(はつがげんまい)』は、玄米以上の栄養価と、白米以上に甘味や旨味が増すそうです(但し、発芽に手間をかける分、値段は高くなりますので、富士登山前など効果的な時期を考えて食べるといいでしょう)。
このように、登山前数日の食事や、登山中に食べるおにぎりなどでビタミンB類をより多く摂取する工夫をすることで、エネルギーの生産効率を落とさずに済むはずです。
食物では得られない効果がある?ビタミン剤
さらに、食事以外の方法として、ビタミン剤を利用するのもひとつの方法です。このサイトでは、特定の商品、特に医薬品を推奨することはあまりしたくないのですが、食材で得られる以上の効果があるとのことから、武田薬品工業の『アリナミン』を紹介します。
ビタミンB1(チアミン)は、そのままでは体内に吸収されにくいそうです。しかし、ビタミンB1誘導体である『フルスルチアミン』は、腸管からの吸収が良いという特徴を備えているとのことです。なお、疲労回復などに即効性があると言われる、いわゆる『ニンニク注射』も、中身は『アリナミンF』という注射液で、中身はビタミンB1だそうです。
ちなみに、ビタミンB1は過剰に摂取しても体外に排出されるだけですから、食品で十分に摂取できていれば、このようなビタミン剤を飲む必要はありません。ビタミンB1を多く摂取したからといって、通常以上にエネルギーが生産(代謝)されるわけではないからです。
似ている症状
ここまで色々調べてきて、あることに気がつきました。それは、高山病と低血糖状態の症状が極めて似ていることです。
それもそのはず、高度障害による低酸素状態、あるいは空腹などによる低血糖状態であっても、最初に影響が出るのは『脳』です。酸素も糖もエネルギーの産生に関与しているのは同様ですから、どちらの不足であっても脳に影響が及べば、頭痛や吐き気、めまいなど、同じような症状が表れるのは当然と言えるでしょう(※実際には、病的なレベルの低血糖は健康な人ではめったに起こらないそうですが)。
そこで、ひとつの仮説が成り立ちます。富士山と言えば高山病という先入観から、頭痛や吐き気が出ると「すわ、高山病」と短絡的に考えてしまいますが、全てではないにしても、いくらかは糖質やビタミンB1の不足が関係しているかも知れないということです。特に、下山中や下山後に頭痛などの体調不良を訴える人もいるそうですが、これらは高山病ではない可能性が高いと思います。
高山病と判断する前に糖分補給
しかし、「頭痛や吐き気なんて、他にも原因となることはあるだろ」と思われるかも知れません。そう、その通りです。「頭痛や吐き気は、高山病だけが原因とは限らない」のです。低酸素症や低血糖の他にも、色々な疾患で頭痛や吐き気が誘発されます。それを「富士登山中だから高山病だ」と決め付けてしまっては、却って危険な場合もあります。
もちろん、医者に診てもらったわけでもないのに、高山病であるとか無いとか、勝手に判断するのも危険です。ですが、もしも低血糖やビタミン不足が原因であれば、比較的簡単に対処可能です。糖分とビタミンB1を含む食品を摂取するのです。糖質の不足であれば、砂糖を多く含むチョコレートなどのお菓子やジュースによって、数分~十数分で状態が改善すされるはずです。ビタミンB1がどの程度の時間で吸収されるのかは分かりませんが、ビタミンB1単体では吸収されにくいそうなので、不足後の対処よりも予め不足させないようにする対策が必要でしょう。
(※注意:「高山病では無い」などと、医学の素人が勝手に判断するのは危険です。高山病の症状が現れたら、まずそれ以上高度を上げないことが大切です。その上で、呼吸を意識して酸素の摂取に努めると共に、糖質やビタミンの補給も試してください。それで症状が改善すれば登山を続けられますが、回復しないようであれば、下山も含めた冷静な判断が求められます。もちろん、さらに悪化するようであれば、高山病であろうと無かろうと下山以外に選択肢はありません。)
色々と細かく書きましたが、本欄の意図するところは、「これを食べておけば大丈夫」というものではありません。
特定の食品や栄養素を薦めているのではなく、バランスが取れた食事によって不足する栄養を無くそうというものです。結局は、「バランスのとれた食事」という在り来たりな結論に至るわけですが、その分かりきったことが案外疎かにされているのも事実です。今まで何気なく食べていたものの本当の意味を、改めて考える機会になれば幸いです。
食事のタイミング | 推奨される主な食材 |
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登山一週間~数日前 |
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登山3日前~当日 |
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登山中 |
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行動食 |
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登頂直後/山小屋到着直後 |
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登山後 |
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