ストック初心者の方にまず覚えていただきたいのは、「ストックを使わない」ことです。
ストックの使い方のページなのに、いきなり「使わない」と言われると驚くかも知れません。ですが、まずストックの使い方を覚える前に、どのような場面ではストックを使わない方がいいのかを知っておいていただきたいのです。
私が富士山などでストックを使っている人を見ていて思うのは、まだストックをうまく使えていない人ほど、『ストックを使うことに拘っている』ように見えることです。否、『ここではストックを使わない方がいい、という判断』がそもそも出来ていないと言った方がいいでしょう。
しかし、それもしょうがないのかも知れません。ガイドブックや登山関連のサイトでは、ストックのメリットは強調しても、ストックによるデメリットがきちんと説明されていることはまずないからです。
ストックを使わない方がいいのはどんなとき?
ストックを使わない方がいい場面は、いくつかのパターンに分けられます。
まず、ストックを使うと危険な場合とはなんでしょうか。まず、急傾斜の岩場が挙げられます。
私がこのサイトを始めて最初の年(2011年)に、山小屋の取材をしていて言われたことで今でも印象に残っていることがあります。それは、須走ルートの瀬戸館で店番をしているおじさんに、私が富士登山のサイトを運営していることを伝えると、「ニット帽を持つこと」と「岩場でストックを使わないこと」を登山者への注意事項として書いておいて欲しいと言われたことです。
ニット帽は、特に御来光登山では防寒のために重要な装備ですが、ストックのことを言われたのは少し意外でした。しかし、それ以来他の登山者を注意して見ていると、ストックをうまく使えていない人、ストックを使わない方がいい所で使っている人がいかに多いかに気づきました。
このような注意を喚起する書き込みをすると、「他人がストックをどう使おうが、その人の勝手」という人もいます。ですが、果たしてそうでしょうか?
ストックは正しく使えば有効な道具ですが、間違った使い方をすると怪我を誘発することもあるのです。それは、ストックを使っている人だけではなく、全く無関係な赤の他人にも危害を及ぼすことがあります。
では、その危険とは具体的にどういうことでしょうか。
ストックの長さは、一般的に「登りでは短く、下りでは長く」と言われています。
前のページでも説明したように、この考え方は、肘を伸ばして体の前に大きくストックを突き出す使い方を前提にしています。では、それまで緩斜面を登ってきた登山者が急な岩場に出くわしたときに、一々ストックの長さを調節し直しているでしょうか?
いえ、私が知る限り、岩場の前で長さを調節し直している人を見たことはありません。では、岩場に合わせて短くすればそれで済む話でしょうか?
多くの人が、「捕まった宇宙人」状態
う~ん、岩場に合わせるといっても、どのくらい短くすればいいのか、みなさんはすぐに決められますか?
大体、岩場の段差の大きさは、一様ではありません。まさか、一歩ごとに長さを調節しないといけないのでしょうか?
現実的には、恐らくほとんどの人が、急傾斜であろうと岩場であろうと、それまで使っていた長さのままで突き進んでしまっているのではないでしょうか。実際に、捕まった宇宙人の写真のように腕を目一杯上に伸ばして使っている人を多く見かけます。
その他にも、ストックを使わない方がいい場面があります。
例えば、木の根っこが地上に出て絡み合っているような場所では、無理にストックを使うことはありません。ましてや、根っこにストックを突き立てるなど言語道断です。
また、雨が降った後などの泥濘(ぬかるみ)となった道でも、無理にストックを使う必要はありません。水を吸って柔らかくなった土をストックで突くと、ゴムキャップをしていてもぐちゃぐちゃに荒らしてしまうことになりますし、第一、ストックがドロドロに汚れて、後始末が大変です。
先にも書いたように、ストックはあくまでも歩行の補助的な道具であり、必ずないといけないものではありませんし、わざわざ持って来たからといって常に使っていないともったいないというものでもないのです。
板敷きの山小屋の中
同様に、山小屋のウッドッデッキや、室内でも床が板敷きのところがあります。登山道の階段で土留めに使われている丸太、(富士山には無いですが)高山植物を守るために作られた木道などにおいても、石突が剥き出しのまま突くと木に穴を開け、そこから水が入って腐らせてしまいます。
ゴムキャップをつけるか、ストックを逆さまにして手持ちにするなど、構造物を傷つけないようにしましょう。板一枚といえども、山の上に運び上げるためには多大な労力が掛かっていることを忘れないでください。
腕が疲れたらザックに仕舞って休ませよう
もうひとつ、疲れた腕を休ませるために、あえてストックを使わない時間を設けることも考えてみましょう。腕がパンパンになって、登山後に筋肉痛になるような使い方では決してうまく扱えているとは言えませんが、一日中ストックを使いっぱなしでは、どんな使い方でも疲労するのは当然です。
ここぞ、というときのために腕の力を残しておくというのも、いわば登山のペース配分のひとつと言えるでしょう。これは、使わないときにはザックに収納しておけるストックならではのことで、常に持ち続けている必要がある金剛杖では不可能なことです。