ストックの推進力
ストックを、「ただの杖」としてしか使わないのは勿体ない。ストックは、もっと能動的な使い方も出来ます。
ストックを、「ただの杖」としてしか使わないのは勿体ない。ストックは、もっと能動的な使い方も出来ます。
腕が疲れる使い方
ストックを前方に突いて腕力で身体を持ち上げるやり方 (GIFアニメ)
さて、前置きが長くなりましたが、いよいよ本題です。先に、多くの人はストックを金剛杖のように使っていると書きましたが、ではなぜ金剛杖のように使うと効率的ではないのか。
前にも書いたように、肘は90~120°が最も力を出せる角度です。
金剛杖を使っている人の多くは、斜面の高い位置に杖を突くために腕を目一杯伸ばして、180°近く肘が開いた状態から腕を曲げることによって身体を引き上げる動作を行っています。これは腕力のある人にはいいですが、力の無い人が長時間続けるにはつらい作業です。
また、「登り斜面ではストックを短く」「ストックは腕が疲れる」と言っている人のほとんどは、この使い方をしているのだと思います。
腕力に頼ってもは長続きしない
これに対して私のやり方は、肘は出来るだけ110°前後に固定したまま、肩を回すことによって力を地面に伝えます。
それも、ストックは斜面の上に突いて身体を持ち上げるのではなく、踏み出した足の横に突いて、そのままストックを後ろに振り出すときの肩の回転を推進力として身体を前に押し出すのです。イメージとしては、ストックで足元の地面を後ろにかき出す感覚です。
これなら肘の力を最大限引き出して、尚且つ腕力に頼らないので長時間の登山でも疲れにくいのです。
ストックを斜面の上に突いて身体を引き上げるような使い方を絶対にしてはいけないということではありません。状況によっては、その方が使いやすいこともあるでしょう。
ですが、長い登山で最後まで続けられるのは、やはり効率の良い筋肉の使い方を考えた方法なのです。
但し、ひとつ注意点があります。肘の角度を固定することに捉われて、腕にガチガチに力を入れないことが大切です。力が入ると、どんなに優れたやり方でも筋肉が緊張して疲労します。
肘も腕も適度にリラックス(脱力)させて、地面を押すときに軽く力を込めるだけでOKです。
ストックを推進力に使うと言っても、中々イメージが掴みにくいかも知れません。実際にはご自身で試していただくのが一番ですが、そのメカニズムについて、順番に解説してみましょう。
まず、正立の状態から足を踏み出します。仮に左足から踏み出すとしましょう。ストックを使うときも、普通に歩くときと同じように踏み出す足とは反対側の手を振り出します。
左足を踏み出すと同時に右手のストックを動かしますが、基本的に腕は必ず真っ直ぐ前に振り出しましょう。石突を付く先は、腕を前に振り出した動きの延長線と、踏み出した足の着地地点から横に伸ばした線の交差するところです。ストックを地面に突くのと、足の着地は、ほぼ同時になります。ストックを突くといっても、力強く突き立てる必要はありません。そっと置くだけの感覚です。
左足が着地する直前に上体を前方に進めますが、このとき重心は踏み出す足の方の斜め前方へ寄っていきます。同時に、後ろに残った左手でストックを地面に押し付けるようにして、身体を前に押し出します。これが推進力として身体を前に進め、斜面を押し上げる助けになるのです。
このときもグリップを強く握る必要はありません。手刀を切るように、グリップの鍔(つば)を小指の付け根で押すようにするだけです。
身体が踏み出した足の上に来ると、左足は立ち足になります。このとき、重心を左足の上に移動させて身体のバランスを安定させることが大切です。と同時に、右足を前に振り出します。後を追うようにストックも前に振り出します。このとき、ストックを大きく後ろに振り出さないでください。後ろに人が居ると危険です。身体が前に進むにつれて、自然と石突が地面から離れると思います。
右足の上に身体が来たら、右足を立ち足として重心を移動させます。そして、左足を前に進める。この繰り返しをスムーズに行えるようにしましょう。実際にはそれほど難しく考える必要はありません。肘を固定して腕を前後に振る動きと、地面を押すイメージ。そして、ストックを突く動きと、足の踏み出しを連動させるだけのことです。慣れてくれば、何も意識せずに動作を行えるようになります。
これらの動作をスムーズに行うためにも、ストックの石突を突く位置が重要です。ストックの石突は基本的に踏み出した足が着地する場所で、靴のつま先からカカトの間に収めてください。ストックを突く位置が身体から遠く離れるほどに身体は不安定となり、余計な腕の力を必要とすることになってしまいます。
私の実感としては、斜面が緩やかなほどカカトに近く、斜面が急になるほど爪先側に石突を突く傾向がありました。この辺りは感覚の違いもあるかもしれないので、ご自身で使いやすい位置を色々と試してみると良いでしょう。
状況によって例外もありますが、この基本は特に下り斜面で重心を身体の真下に保つために大事な約束事です。忘れないようにしましょう。
また、ここに書いたことはあくまでも基本で、斜面の状況によっては基本どおりにいかない場合もあります。そのときは臨機応変に対応することも必要です。
例えば、富士山ではあまりありませんが、左右に壁が迫っている狭いU字やV字のところでは、ストックを持った手を両側に大きく広げられないため、身体の前にストックを突いて引き上げるような動作になることもあります。ただし、そのような場所を過ぎたらまた元の基本に戻すことを忘れないでください。特に疲れてくるとストックの扱いが雑になりがちなので、意識的に動作を確認することも大切です。
次のページでは、実際に下りでストックを使う場合の注意点を解説します。