ステップワークの前に、基本的な姿勢から身につける必要があります。基本的な姿勢は、立つ、歩く、登る、降る、全ての基礎となり、動きの基点となる大切なものだからです。
ステップワークの基本
登山とは、歩くことと見つけたり。
登山とは、歩くことと見つけたり。
ステップワークの前に、基本的な姿勢から身につける必要があります。基本的な姿勢は、立つ、歩く、登る、降る、全ての基礎となり、動きの基点となる大切なものだからです。
基本は前傾姿勢
登山において、歩き方ほどには語られることがあまりありませんが、立っているときの姿勢はとても重要です。
以前、NHK-Eテレで放送されていた「チャレンジホビー」という番組の講師が、「頭の先から糸で吊り下げられているように真っ直ぐ立つのがいい」と語っているのを見たことがあります。しかし、私の考えは違います。なぜかというと、重い荷物をザックに入れて背負う登山では、重心を意識的に前にもってきてバランスを取る必要があるからです。
仮に、荷物を持たない空身であれば真っ直ぐ立つのも悪くはないでしょう。しかし、登山では5~10kgほどの重さの荷物を背負います。当然、重さの分だけ身体は後ろに引っ張られますから、釣り合いをとるために身体は前かがみにしなくてはいけません。
これはほとんど本能的に行われることで、子供を背負った母親が前かがみになっているのを見ても分かることです。「ザックは腰で背負う」と良く言われるように、前と後ろでバランスを取って、重心を腰の下に持ってくるのです。
重心を軽く前にとる
では、前後のバランスを取って重心がちょうど真下にくればそれでいいのか?
いいえ、私の考えではさらに一歩進めて、体の前方に、ほんの少し荷重を傾ける方が安全だと思います。その理由は、万が一前後にバランスを崩したときに反射的に行われるリカバリーのしやすさにあります。
人間の身体は、後ろにバランスを崩したときにリカバリーが難しい構造になっています。大事なことは、後ろに体が傾いたときに、とっさに足を出して身体を支えられるかどうかです。
登り坂でバランスを崩して後ろに倒れるときを想像してみてください。いかに反射神経に優れる人でも、容易に立て直すことは出来ないはずです。
また、転倒時は後頭部が無防備になり、重篤な怪我に到る恐れもより強いと言えます。普通はザックを背負っているので、ザックがクッションになる分、安全ではないかと思う人もいるでしょう。ですが、山は平坦な地形だけではありません。飛び出した岩や木の枝に頭をぶつけることがないとは言えないでしょう。
一方、下りの際は、足を滑らせて臀部(でんぶ=お尻)を打ち付けるケースが多くなります。これは腰を痛める原因となり、酷い場合は自力下山も出来なくなる重傷もあり得るのです。
後ろに倒れるのは危険
2012年から中学校で武道が必修化されていますが、柔道練習中に重大な事故が発生する確率が他のスポーツより高いということで対策が急務と言われています。これも、投げ技を受けたときにうまく受身が取れず、後頭部を打ち付けることによるようです。
クッション性のある畳の上で、しかも予め予想された動作においてもそのような事故が起こるのですから、岩がむき出しの登山道で、突然足を滑らせても安全に受身が取れると自信を持って言い切れる人がどれだけいるでしょうか?
これに対して、前にバランスを崩したときは、足を前に出すだけで体勢を立て直すことが比較的容易であり、転倒に到っても後ろに倒れたときほどの致命的な怪我になることは少ないのです(前に倒れた方が常に安全ということではありません)。
実際に登山初心者にありがちなのは、急傾斜の下りを怖がって腰が引けて(つまり後ろ荷重になって)、足を滑らせて後ろに倒れこみ、体勢を立て直せずに尻餅をつくケースです。
このように立ち姿勢というのは、ほんのわずかの重心角度の違いで大きな差を生むので、決しておろそかに考えることは出来ない重要なポイントのひとつなのです。
フラフラするのは、無駄に体力を消耗する
立ち姿勢が理解できたら、次は歩く動作における姿勢です。基本的には、身体は出来るだけ前後左右に揺らさずに歩くことが大切です。
ですが、実際には人間の歩行は重心を能動的に動かしながら歩く『動歩行』が基本なので、ある程度身体を揺らすことは必要です。しかし、身体を揺らさないことを意識することで、『無駄な動き』は減らすことが出来ます。無駄な動きが少なくなれば、無駄な体力の消耗も少なくなるのです。
「それぐらい、言われなくても分かってる」と言う人も居るかも知れません。ですが、これが出来ていない人は意外に多いものです。
登山中は背中に重い荷物を背負っているせいか、「えっちらおっちら」と身体を左右に振りながら歩く人がいます。これは果たして楽な歩き方なのでしょうか?
いいえ。
例えば、足を踏み出すときに身体を右に傾けると、適当なところで傾きを止めるためにブレーキを掛けつつ、次の一歩は左に傾けなおす必要があります。左に傾けると、今度はまた右に傾け直す必要が生まれます。このように、身体を左右に振りながら歩くことは、体幹に無駄な負担を掛けることになります。同様に、態勢を立て直すために使われるエネルギーも無駄な力ということになります。
特に必要がなければ、アイススケーターが氷の上を滑るように、姿勢を一定に保って歩くのが最もエネルギー消費の少ない歩き方なのです。
(※お断り:この項目は、未だ研究段階です。今後、ナンバ歩きなどを参考に、別の理論を展開する可能性があります。人の意見をあまり鵜呑みにせず、自分でも考えてみてください(笑))
登山における目線、視線。
これも、あまり語られることのないことかも知れません(詳しく調べたわけではありませんが)。
しかし、歩くという行為には、当然視覚からの情報は重要ですし、正しい目的地に到達するためにも、「どこに目線を向けるか」を意識することは、とても重要なのです。
上体は、なるべく動かさないのが理想
身体が傾いても頭は水平に保つノスリ (image from 森の父さん花鳥風穴)
先の項目では、身体を左右に揺らさない必要性を書きました。同様に、上半身を無駄に上下させないことも大切だと言えます。
私が傾斜地を登るときに意識するのは腰の高さを一定に保つことですが、階段状の場所であっても、段の上を斜めの線が繋がっていると見立て、その線上を腰が滑るように歩くようにしています。
これで結果的に頭の動きも少なく、視野も安定するので精神的な疲労も抑えられ、不意に足が滑ったりバランスを崩しかけても、とっさの反応が的確に、かつ素早く行えるようになるはずです。逆に言えば、視線が絶えず上下に動いていたり、斜めになったりしていれば、地面の水平も正確に認識することが難しくなるということです。
鳥のすばらしく合理的な本能
鳥は空中で急旋回しても上下左右の空間識を失うことはないそうです。なぜかというと、身体を左右に傾けているときでも、頭だけは常に水平を保つことで視界の混乱を防いでいるそうです。
空を飛べない人間でも同じことで、平衡感覚だけに頼ることなく、ただ頭を水平に安定させるという簡単、かつ合理的な方法で正しい判断の根拠となる視覚情報が得られ、視線が定まることで、より安全で安定した歩行が可能となります。これは、結果的に余計な疲労を防ぐことにも繋がっているのです。
うまい人ほど、しっかり前を見ている
私は、20代の若いころにフットサル(ミニサッカー)をやっていました。サッカー自体は素人で、結局素人のまま終わりましたが、サッカーのうまい人と下手な人(私)の違いのひとつに、視線の置き場所があります。
私のようにヘタな人は、どうしても足元のボールにばかり意識と視線が向きがちです。しかし、これではマークに来た相手が見えませんし、スペースに走りこむ味方の動きも見えません。ですから、サッカーの練習ではボールを蹴る技術だけでなく、視線を上げてボールを扱うこと(ルックアップ)も意識するようにしていました。
これは、登山でも同じです。
初心者は、とかく足元だけに意識が集中し勝ちで、ずっと下ばかり見ていると分岐や標識を見逃してしまうことなどがあります。
「富士山で道に迷うことは無い」などと言う人も居ますが、道に迷う心配だけでなく、落石を避けたり、同行者を見失う恐れも考えなくてはいけません。特に疲労が嵩んでくると、視線はどうしても下を向いてしまいます。もちろん、安全な足場を確かめたり、岩や木の根っこに蹴躓いたりしないように足元を見ることは大切ですが、その必要がないときは視線を上げながら歩けるようにしましょう。
歩きながら前を向くのが難しい、怖いという方は、歩きながら出なくてもいいので、時々立ち止まって顔を上げるように常に意識してください。
地面ばかり見てても楽しくないでしょ?
表題に掲げた『4:6』というのは、大雑把に示した視線の配分割合です。
実際のところ、私の場合は7~8割方前方に目を配りながら、足元は視線の端だけで捉えていることが多いです。もちろん、足場の不安定な場所などでは、足元に意識を集中します。特に下りでは、足元へ目を向ける割合が50%以上に増えているかも知れません。
このように、目線の動かし方も漫然とではなく、目的意識を持って行うといいでしょう。視線を足元から解放すると、道端の花などにも目が行くようになり、登山がより楽しくなりますよ。